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『ルドンの黙示』千秋楽(3回目)

2008-08-25 (Mon) 18:35[ 編集 ]


とうとう終わってしまいました。私は今非常に淋しいです(T-T)
20日に開幕して以来、毎日その内容について考えさせられたり舞台の魅力に熱狂したり。
思い出すごとにメッセージに気付いたり、解釈の糸口を発見したり・・・
その物語の私なりの解釈はまた別記事で書くとして、
まずは千秋楽としてのネタバレを含まない感想を書いてみます。

今回の私の席は、サイドシート。運の良いことに舞台の真横でした。
初日の一番端、翌日の真正面とも違った真横からの視点。
しかも上から見るということで、まるで天上から世界を眺めているようで
物語や舞台の全体像が見えやすく、とても有益な席でした。

上の視点から見えたものは、衣装の赤・迷彩・白・・・
つまり、シハージャ・ドレ・カソーミのよりはっきりとした立体的な図式。
俯瞰的な視点によって役者さん自身の個性も分かりやすく、
また各色のチームの反射神経的な運動能力の高さ・・・
それは決して足が速いとか跳躍力があるという意味ではなく、
全体像を理解して各々の役割やするべきことを感覚的に判断して
演じることが出来るという意味なのですが、それがやはり「赤」、
つまり帝国シハージャの面々が圧倒的に高いということが確認できました。

それと、死んでいく役者さんの美しさ。
重要な人物が次々と非業の死を遂げる中、マレア役の安川結花ちゃん・
オズワル役の原田健二さん・そしてオーリア役の岡村麻純ちゃん。
この3人は遺体から強烈に悲哀が感じられて、
人間の悲しさや哀れさをひしひしと全身から語られていました。
言葉を発せず、動くこともせず。ただじっと倒れているだけでもその力を発揮する
力量のある役者さん達。凄い方達です。

そして新たに気付いたのは、イズワルを演じた川口覚さんの演技力の高さ。
迷彩に身を包むドレの国民はシハージャに比べ地味なので目が行きにくかったのですが、
川口さんは「青臭くて子供っぽい」理想を主張する純粋なイズワルの、
理想と現実に翻弄される悲劇の青年像を
独特の繊細さで魅力的に表現されていたなと思いました。

何より今回強く感じたのは、「千秋楽」という特別な日の持つマジック。
諸事情により土曜日や金曜日に観劇をしていた私ですが、
今回は生き物である舞台を初日と千秋楽で見比べてみたいという意図があり
初の千秋楽観劇となったわけですが、
役者さん達の「これで最後」という意気込みや頑張りが観客にも強く伝わってきて、
観客としてもその頑張ってる感を素直に喜びたいという気持ちになる・・・
つまり、それが千秋楽マジックだと私は捉えているのですが、
ここで問題なのはそれが良いことなのかそうでないことかというわけで。

とある方が「『千秋楽だから頑張る』それではいけない」ときっぱり。
非常にストイックな方で、すべては見に来てくれるお客様の為にと頑張っている方なので
私もそうだよなぁと思いつつ、この方の志の高さに再度惚れ込んでしまいました。
誰とは言いませんがザクロです(爆)

それにしてもなんて幸せな夏の思い出でしょう(^-^)
この夏、「ルドンの黙示」について考えない日はありませんでした。
いざ開幕してからも、日々解釈が変わるし評価も変わる。
正直、今までアロッタの舞台に関してお世辞めいた感想も書いていましたが
今回は真摯に、真っ直ぐに感想を書きたいとずっと考えてきました。
私自身の解釈が、製作側の意図してこととは違うかもしれないし、
大切なことを見落としているかもしれませんが
これから壮大な物語を読み解いたネタバレ感想をじっくり書いてみようと思ってます。

・・・「ルドンの黙示」。

それは、鬼才・松枝佳紀氏の描く壮大な戦争論。
何故戦争が起こるか、何故人々は殺し合うのか。
何故世界中で殺戮の歴史が繰り返されるのか。
そして、「戦争が終わる」という奇跡はあるのか。
あるとしたら一体、どこに潜んでいるのか。

考えながらもまた解釈が変わるかもしれません。
それほど深く考えさせられる、素晴らしい舞台だったのです。


(続きます 笑)


※当ブログ「『ルドンの黙示』を予習する。」他、アロッタ関係の記事はこちらです
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※ルドンの黙示BLOG
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